プロフィール

生まれ

母はピアノの先生

父は昔バンドやっていた

そんな音楽一家に生まれる

ピアノを習う

気づけば小さい頃からピアノを習っており、コンクールにバンバン出演させられていた。

小さい頃から落ち着きがなく(今も)、楽譜をみて弾くという行為が出来なかった。
それを悟った母は耳コピ、目コピで曲を覚えさせまくった。
案の定現在22歳になっても譜面は読めない……

コンクールに出て技術と感受性だけ身につけた
僕は何だかんだ賞を取るようになり、

連弾で全国2位とか取るまで成長した。

コンクールは同じ曲を
繰り返し、繰り返し、繰り返し弾いて練習して洗練させてく。

それすら辛いのに、新しい曲を覚える時は
楽譜が読めねぇ僕には、耳コピ、目コピで覚えるのはその10倍は辛かった。
(毎日泣きながら練習しては母親と喧嘩してた気する)

そんなんでピアノをだんだん嫌いになり、高校生になるにつれ自我が生まれてきた僕は

ピアノに触れなくなっていった。

J-popとの出会い

そんなピアノを嫌うまでの間、どっかでJ-popにハマってた。
(当時はUverWorldとかGreenとかスキマスイッチとかだった記憶がある)

中学生になると周りの何人かはギターやらベースやらバンドを始めてて、
そんな姿をみてすごい羨ましかった。
憧れていた。

けど、その頃はピアノやってて、
いまさらピアノという楽器から抜け出せなかった。
高校生になってもピアノという楽器で思い知った

楽器の習得への偏見

これが邪魔して
いつの間にか音楽一家に生まれた僕は
7年間ギターやベースと言ったバンド楽器に憧れ続けて

聞く専の大学生になってた。

大学生活

この大学生活が今の自分を作った

要因は、有り余る時間と音楽好きの友人たち。
ある音楽が大好きすぎるオタクに
ヒトリエやら凛として時雨、
他にもアホみたいな数のバンドを教えてもらい、

邦ロックというやつにハマった。

感受性だけ高い僕は
高まってライブやらフェスに月1で行くようになり、
音楽にのめり込んだ。

ライブの演者はすごい輝いていた。
僕のライブへの憧れは中学生の時の比じゃなかった。

けど僕には大きなハードルがあった。

ピアノで培った楽器への偏見はここでも邪魔をする。

ここで僕を動かしたのはまたもや、

音楽好きの友人たちだった。
ほぼ無理やり
(えぇーーーとか言いながらも多分今思えばちょー乗り気だった)

その学校の一番デカイサークルに入れられ、夏休みにギターを買った。

そこからは何もかもが早かった。

その冬にギターボーカルで出演
1-2ヶ月に1度出演
次の春にはヴァイオリンを独学で練習してはバンドに取り入れた。

演者になりたい!
影響を与えたい!
エンターテイメントォォォォ!

ちょっとずつ、思い描いていたことを実現した気になっていった僕は、、、、

黒歴史

調子に乗り始めて黒歴史を作った…

「歌詞を聞け」みたいなコンセプトで、歌詞がいい曲を歌い、
 
ステージのスクリーンに歌詞を写しながら、2番歌詞を2回歌った。

基本バンドしかしないサークルのに、1人で弾き語りしてボロボロになったり

実はヴァイオリンの音全然聞こえてなかったとか

一生の恥…… 

けど何事も恐れずに挑戦し続けた。

あんなに嫌いだったピアノでも出演した。
(aikoむずかった)

ギターを始めて一年後の大学3年生秋の引退ライブでは
28曲のギターボーカルをやりきり、満足のいく引退が出来た。
これにて僕のバンド人生、演奏人生は終わり

作曲

・・・・かと思いきや、
 
 
サークル引退をした僕は研究室で化学の実験をしながら、

4年生の12月までずーーっと暇していた、

そんな時、

 

瀬戸康史というおじさんに影響されて、3月の卒業ライブに向けて作曲してライブをしよう!
と思った瞬間
 
これがあった……

本当に画期的だった

この”楽器”の可能性は無限だと思う

楽しくなった僕は、自分をなに1つ否定する事なく曲を作った
自分の発想に一瞬でも疑問、否定、迷いが起きたら、創作が止まるから思いながら

不慣れながらも、頭に浮かんだこと出しまくった。

3ヶ月で6曲書いて、バンドメンバーを集めて曲を選んでもらい、
最終的にもう1曲作ってライブをやった。

めちゃくちゃな曲に付き合ってくれたメンバーには本当に感謝してます。

ライブ自体はオリジナルにありがちな、ボーッとなっちゃう感じではあったものの()、
やりきった感はすごかったです。

こうして作曲にはまった僕はその1ヶ月後、社会人になりました。
趣味に触れ合う時間は減ったけど、時間の合間を縫って

ブログを書いたり

写真を撮ったり

映画を見たり

靴を磨いたり

作曲したり

毎日楽しくやらしてもらってます。

 

是非趣味があう方や、

記事を読んで、いいなと

思っていただける方いたら、

今後ともよろしくお願い致します。

 

最後に僕の1番好きな監督の1番好きな映画の中のセリフを

人生は恐れなければ、とても素晴らしいのもなんだ。人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金。

チャールズチャップリン
“ライムライト”より